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第四章 先祖の遺産

夜中に飛び起きて、明け方まで手帳(超小型ノートパソコン・外国製)
で調べ、サリムは自分の考えが当たっていると確信する。

それから何日か、サリムは忙しい日々を過ごした。
大学時代の友人に連絡を取り、紹介された人物に会いに首都まで車を走
らせたり、家中を調べてまわったり…。
2階の使ってない部屋も、ひとつひとつ丁寧に見ていく。
部屋に入っては、写真を撮り、手帳に記録する。
「何をしてるの? ねえ、何をするつもりなの?」
黙ってサリムの後について、様子を見ていたマリクがたまらず声をかけ
る。腰を痛めたじいやが2階に来る事はまずないので、マリクは2階を
自由に動いている。
サリムは床を見たまま、振り向きもせず答える。
「絨毯を売るんだ」

「絨毯を!? ――こんな古い絨毯が売れるの?」
「古いからいいんだ。
うちの絨毯は、みんな手織りで、100%天然素材だ。
一級の骨董品だぞ。 外国の金持ちはこういう物に大金を払うんだ」
マリクはまだ不思議そうな顔をしている。
「今は…今の絨毯はみんな機械織りで、ほとんどが化学繊維でできてい
る。 町の友達の家のも、大おじの家のもみんなそうだ。
うちは特別なんだ」

「百年前、町にはいくつもの絨毯工場があったんだ」
この家しか知らなくてはピンとこないのも無理はないと、サリムはいつ
になく丁寧に説明する。
「古い工場の一つは、博物館として今も残ってる。 とにかくそこで、
何十人――町中合わせたら何百人もの絨毯職人が機を織っていたんだ。
大半が輸出用で何百年も外貨をかせいできたんだ」
その利益を投資にまわして成功した先祖の1人が、あのシェルターを作っ
たのだ。

「百年…それよりも前からだんだん羊が少なくなっていって、工場もす
たれていったんだ」
「何で羊が少なくなったの?」
「土地が荒れて羊の食べる草が減っていったからだろう。 疫病がはや
ったりもしたらしい。
とにかく今は、絨毯だけじゃなく、この服もカーテンも、みんな機械織
りで、天然の毛織物なんて存在しないんだ。
布だけじゃない、食べ物だって、みんな工場で作られる。 今はそうい
う時代なんだ。
だからなのか、外国の金持ちの間では、古い手作りの品がすごいブーム
らしい。
ボロボロの人形や壊れかけた時計、古い絨毯がびっくりするような値で
取り引きされているんだ」

「旧家で使っていた古い絨毯を売りたいと言ったら、すぐ反応があって
さっそく来週、何人か下見に来る。
明後日、町から人が来て、2階や物置の絨毯を外に出すのを手伝っても
らう事になっている」
マリクの部屋で、マリクはサリムが運んできた食事をしながら話を聞い
ている。
「その前に、おまえにも少し手伝ってもらいたい」
「いいよ、何を?」
「シェルターにあった絨毯を地下の物置まで運んでおきたいんだ」

使っていない部屋や地下の物置から外へ出された古い絨毯は、屋敷の低
い塀にかけられ埃をはらわれ、客を待つ。

首都の古物商や海外からのバイヤー達が次々にやってくる。
「うまくいきそうだ。 特にあのシェルターの広間にあったやつは良い
品らしい。 みんな欲しがってる」
「苦労して運んだかいあったね」
丸めた大きな絨毯は丸太のように重く、狭い階段を2人で運ぶのは一苦
労だったのだ。 特に力仕事に慣れていない非力なマリクに、サリムは
いらいらさせられた。

「居間の絨毯もほめていたな…、まあ、あれは売る気はないが」
「うん、あれはおじいちゃんのお気に入りだよ。
おじいちゃんがよく言ってた。『これは死んだばあさんの嫁入り道具だ。
もうこんな品は、作ろうったって作れない』って」

結局サリムは、一番高値をつけた遠い国から来たバイヤーに、まとめて
売ることにしたのだった。
商談成立の後、その小柄な細い目のバイヤーは、
『残りの部屋の、特に居間の絨毯を売る気になった時にはぜひ私に連絡
をして下さいね』と念を押した。

全部で30枚近い古い絨毯はサリムの予想以上の高値で売れた。 さすが
にこれは売れないだろうと思ったボロボロの絨毯まで、それなりの値で
売れたのだった。
その古いボロボロの絨毯は、その後きれいに補修され、それこそサリム
のびっくりする値で、成金投資家の元に売られていったのだ。

余談であるが、後にサリムはこの時の莫大な臨時収入に対する税金対策
で、奥の手を使った。 幸い税理士も税務署長も、一族(母から財産を
掠め取った輩)の者だったので、ありもしない母の秘密の貸付け帳の存
在をちらつかせた。
「このままだと多額の税金を払うために、本気で(母が貸した金の)回
収を考えないと…」
2人は、サリムの出した書類を黙って受け取るしかなかった。

結局、絨毯を売るのに半月以上かかったのだが、その間にもサリムは着
々と計画を進めていた。
2頭のシェパードを買い、会社をやめ、首都のマンションを引き払った。
自宅で仕事にも使っていた大型のコンピューターは2階の空室に運び入
れた。
「へえ、すごーい」
「会社の払い下げ品だよ。でなきゃちょっと手が出ない」
「ゲームできるの?」
丁度、商談がまとまりそうな頃に、タイミングよく友人から連絡が入る。
「おまえの欲しがってた型が売りに出てるよ」

しばらくして、絨毯のつまったコンテナが通った道を、今度は反対側か
ら一個の荷が運ばれてくる。 ちょうど柩ほどの大きさの荷は、何日か
してサリムの家に届く。
階段の上まで運びこまれた荷を、サリムはマリクに手伝わせて、コンピ
ューターを入れた部屋に運び入れる。

「すごく重いね、何が入ってるの?」
「RⅡ-200XX-J、汎用人型作業ロボット、
うちの新しい使用人だよ」



第五章 R-Ⅱ(アール ツー)

箱の中に横たわるメタリックな人型ロボット。
「スイッチ入れたら動くの? スイッチはどこ?」
「まだだよ、始動させる前にやる事がある…」
サリムはモニターから目を離さずに答える。
「ちゃんとしゃべるの? 名前は? エネルギーは? 汎用ってどうい
う事?」
サリムは黙って立ち上がると、ロボットが横たわる箱の中から小さなケ
ースを取りだす。
「ほら、使用説明書だ、そこで見てろ」壁際のソファのそばのテーブル
の上のノートパソコンをアゴで示す。
「これじゃだめなの?」マリクはポケットから薄いゲーム機を取り出す。
「見れない事もないが、それには翻訳機能はついてないだろ」

「名前好きにつけられるんだって、――R-Ⅱって中古だよね。
前の名前何だったんだろ…彼、前の事覚えてるの?」
「メモリーは初期化してある」
「名前ぼくがつけていい?」「ああ…」
「何を入力してるの?」「ああ…」
マリクが何を聞いても、サリムは上の空の返事しかしない。

五日目の朝、マリクがガラクタだらけの部屋から出ると、廊下にロボッ
トが立っている。
「オ目覚メデスカ? まりく様、オハヨウゴザイマス。
R-Ⅱデス、初メマシテ」

マリクが勢いよくドアを開けて中に入ると、サリムはソファに座ってコ
ーヒーを飲んでいる。
「ひどいやサリム! 起動するとこ見たかったのに!
それにR-Ⅱなんて勝手に名前つけて!」
「…おまえ、そう呼んでたじゃないか」
「あれは仮の名だよ! いっぱい、いろいろ考えてたのに――」
「〝R-Ⅱ〟ガ気ニ入ラナケレバ、好キニ呼ンデクダサッテカマイマセン」
入り口にR-Ⅱが立っている。
「………いいよ、別にR-Ⅱで…」
「R-Ⅱにはおまえの事はばあや以外は秘密にするよう強く言ってある。
おまえが人前に出ようとしたら止めるようにも」
「…それって、ぼくの見張り番?」
「お目付役ってとこだ、その範囲でならおまえの命令もきくから」
「何でも?」
「自分や他人を傷付ける事、法律に触れる事以外ならだ」
それを聞いてマリクが笑う。
R-Ⅱは下の台所でばあやと夕食を作っている。 じいは椅子に座って目
を丸くして2人を見ている。
「生きている間にこんな光景を目に出来るとは…」

サリムは人型ロボットの専門家ではないが、大学では興味を持って学ん
だ。 外国から招いた人工知能の客員教授は、今は時代遅れとなった汎
用型ロボットについて熱く語り、後まだ何十年かは、海外流出禁止のは
ずの技術の資料を見せてくれた。
教授は熱心なサリムに、自分の国へ留学するように強く勧めたが…、散
々悩んだ末、サリムは母を捨てて遠い国へは行けないとあきらめたのだ
った。
サリムはR-Ⅱの人工知能の基本設定を変えた。(すべてのRは反社会的
な行為には強い負荷がかかるようになっている)
マリクの存在だけは例外で、その生存に協力するように…。
もちろん法律違反だが、この国にはそれを見破れる者はいない。
首都の人型ロボットはメンテナンスに外国から技術者を呼び、修理の度
に製造元へ送り届けているくらいなのだ。

『これで大きな問題が片付いた、次は…』

ばあやを説き伏せるのに一ヶ月かかったが、最後にはなんとか納得させ
て、老夫婦は町の老人ホームへ移っていった。
さらに一ヶ月かかって、サリムはR-Ⅱの手を借りてシェルターを修理
改装する。

「わあ、きれいになったね。 ね、これは何? 四つもあるけど…」
広間の壁に並んだモニター。
「塔と玄関と居間と台所に、監視カメラをつけた。
R-Ⅱは直接受信している…これでも選んで見る事が出来る」
小型の通信機を渡す。
「これはR-Ⅱとの連絡用だ、…ぼくは外からおまえに直接連絡は取ら
ない。 何かあったり、予定が変わった時はR-Ⅱに知らせるから、彼
から聞くといい」
「…外に行くの?」
「来月から仕事につく。 先週、町のロボットメンテナンス会社の面接
を受けて採用された。 月曜から金曜、9時から5時まで、残業もある
かも知れない」
「うち、お金ないの?」
「ホームの入園料やこの部屋の改修に思ったよりかかったから、遊んで
暮せる身分じゃない」

「それに、事情があって働けない者以外は、働くのが自然なんだ。
自然にふるまった方が、おまえの事もばれないと思うから――
仕事先で知り合った者を夕食に招くかも知れない。
学生時代の友人も遊びに来たがっている…来たら1日や2日泊まってい
くかも知れない…。
だから、おまえの物を全部この部屋に移してほしいんだ」
「…わかった。
人がいる時はここでじっとしているよ、何日でも――」

R-Ⅱは教授が自慢したかっただけあって、優秀なロボットだった。
前にマリクが「何でもできるんだね」と言った時、
「何デモデハアリマセン、介護、警備、育児、家事全般、農作業、土木、
通信…… ソレト基本的ナ武器ハ扱エマス」
特に専門的な事でない限りたいていの事はできると答えた。
週に一度、町の食料品店が小型トラックで食料を届けに来るのだが、そ
れまでは、たいてい一人(たまに助手がいる事はあったが)だったのが、
必ず2人――しかも相手は毎回顔が違う。 時には荷台にまで人がいた
りするようになった。
みんなの好奇心を満たしておいた方がいいだろうと、サリムは一度町に
買い物に行く時にR-Ⅱを連れていった。
R-Ⅱは体全体を透明な特殊強化繊維でおおわれているので服を着る必
要はないのだが、その日は青い作業服を着せた。
子供達はR-Ⅱにむらがり、大人は遠巻きに見入っている。
「鉄でできているの?」「名前なんていうの?」
「ワタシハ主ニ、強化ぷらすちっくトちたん合金デ出来テイマス。 鉄
ハ使ワレテイマセン。 ワタシノ名前ハR-Ⅱデス」
「その青い服似合うね、R-Ⅱ」「ソウデスカ?」
いつのまにかショッピングセンターは人であふれ、2人は店を出るのに
苦労するほどだった。
その日からR-Ⅱは青い作業服を着ている。



第六章 新しい職場

風車の並ぶ丘を通り過ぎると完全に枯れた川に架かる石橋が見えてくる。
枯れた木とくずれた石垣…昔はこの辺は小さな村で人が住んでいたのだ
が、水が枯れ、みんな町に移っていった。
町の人口は十万と少し――町としては中規模だが、この地方では一番大
きい。 それでも首都の十分の一にも満たないが、今では遺跡となった
大きなモスクの残る古い町だ。

どんな小さな町でも、そばに工業団地を持っている。
町の西側に大きな水のタンクが並んでいて(海の近くの精水工場で海水
は真水に変わり、パイプで送られてくる)その少し先に団地が続いてい
る。 4、5階から10階建ての窓の小さな(ほとんどないものもある)
飾り気のない建物の群。
ビルの中は農場や牧場で、町で消費する食料や衣類の大半はここで作ら
れる。 現場で働いているのは主にロボットだが、四本足や車両型の作
業ロボットだ。 加工工場では人も多く働いている。

サリムが働く事になったメンテナンス会社は、本社は首都にある大手の
支店――サリムが前に務めていた会社と同じグループに属している。
この工業団地の半分は一族(サリムの親戚筋)が支配している。
『あまり顔を合わせたくはないが、重役達は現場には出てこないから、
その心配もないだろう…』
サリムは前に開発に関わっていたという事で、移動型農作業ロボット担
当のチームに入れられる。
慣れるまでチームのベテランと一緒に回るよう班長から指示される。

会社は海の近くの2つの小さな町も受け持っているので結構忙しい。
地方の農場では、とっくに製造中止になった古いロボットが現役で働い
ていたりする。
「…これはアームを取り換えないとダメだな」
「でも――こんな古い型、メーカーにだってもう部品は残っていないの
では?」
「ガラクタ市へいきゃなんとかなる」「ガラクタ市?」

工業団地のはずれ――バイオ発電所のそばに黒いガラクタの山がいくつ
もそびえている。 車、家電、ロボット…。
ガラクタの山の裾にプレハブの建物がいくつか並んでいる。
様々な壊れたロボットがひしめく建物の中、浅黒い肌の老人が椅子に座
っている。
「ぴったりのはなかったが、型違いのこいつではどうだ?」
「…何とか使えそうだな」
「その若いのは?」「新入りのサリムだ」
老人はじっとサリムを見る。
「あんた、もしかしてへんくつ老の…?」
サリムが孫だというと、老人はニッと笑う。
「やっぱり、奴の若い頃によく似ている」

「あれは大した男だった。 …最後の長老だ…」
最後に老人は声を落として言う。 「弟は気の毒だったな」

みんなが弟の事を知っている、当然サリムと一族の決別も。
だからなのか、皆よそよそしく、サリムも積極的に自分から打ち解けよ
うとはしなかった。
昼になると工業団地のあちこちに屋台(移動式)が並ぶ。
社員用の休憩室で、サリムはR-Ⅱの作ってくれたサンドイッチを食べて
いる。
大きな肉をはさんだパンと乳酸飲料の缶を手にした、やせたメガネの青
年(?)が入ってくる。 彼はわざわざサリムのテーブルにきて「ここ
いいですか?」と聞いて隣りに座る。
チームは違うが、まだ20才にもならない少年のような同僚だ。
彼は聞かれもしないのに自己紹介をし、身の上話を始める。
工業高校から専門学校で一年学んだ後、半年間の見習い期間を経てやっ
と本採用になったという。
「首都の工科大学…ぼくも行きたくて、そのつもりで勉強してたけど…
親父が病気になって、あきらめたんだ」
「奨学金制度があるだろう?」
「親父は元から体が弱くて、借金もあるから…少しでも早く働いて金を
稼げるようになりたかったんだ」
飲み物を飲んで一息ついてから、少年のような若い同僚は一番言いたか
った言葉を口にする。
「サリムさんとこに、人型ロボットがいるって本当?」
「サリムでいいよ。
R-Ⅱ200XX-Jならうちで働いてる、――写真見るかい?」
とたんに、ガタガタと部屋のあちこちで椅子を動かす音がして、離れて
ランチを食べていた人達が寄ってくる。
仕事柄、みんなロボットには興味があるのだ。 地方の名家のスキャン
ダルよりも――。

次の週末、サリムの職場の知り合い十数人は、一台の軽トラックに乗っ
てサリムの家にやってくる。
彼らはR-Ⅱに次々に質問し、居間で飲み食いし、嵐のように去っていっ
た。
サリムは居間に家族写真――特に母と弟が写っている写真を目立ったと
ころに飾っておいた。
何人かは目を留めていたが、それについて口にする者はいなかった。

R-Ⅱと2人で居間をほぼ片づけ終わった時には、真夜中――日付けが
変わっていた。
サリムは壁のカメラに向かって、もういいと合図を送る。
しばらくすると地下室に通じる扉が開いてマリクが顔を出す。
「すごいにぎやかだったね、R-Ⅱ大モテだね。
あれみんな仕事仲間?」
「同じチームなのは5人だけだ、後はほとんど知らない」
マリクは戸棚からパンを取り出し、ハムと野菜を挟んでかぶりつく。
「シチューまだ残っているぞ」「うん、食べる」
「…温めてほしいのか?」「うん♥」
温めたシチューを皿によそっていると、R-Ⅱが入ってくる。
「居間ノ片ヅケガ終ワリマシタ」
「ここはもういいから、戸締まりと、後は外をたのむ」
「ワカリマシタ、ソレデハオ休ミナサイ」



第七章 セルバンテス

「ねえサリム」マリクがゲームをやる手を止めて、洗い物をしているサ
リムに声をかける。
「なんだ?」
「お金っていつ入るの?」
「…給料日なら来週の…水曜日だが、…ほしいものがあるのか?」
「うん、ほしかったキットがオークションに出てるんだ。 幻の名作と
いわれてるやつで、めったに出ないんだ」
「いくらするんだ?」「う~ん、だいたいだけど、最終的には…」
マリクが口にした金額は、予定しているサリムの給料の手取りの倍だっ
た。
「だめだ、高すぎる。――あきらめろ」

「下で寝る」普段は、元の自分の部屋のベッドで寝るマリクだが、そう
言ってシェルターへ戻っていった。
ふてくされているのだ。
まだ貯金も少しは残っているし、風車からもお金は入るから買ってやれ
ない事はない。 しかしここで甘い顔をしては、後のためにはならない。
『それにしても…お祖父さんと母さんは、どれだけマリクを甘やかした
んだ!』

サリムは自分が1人で家にいる時以外は、シェルターに戻るようにマリ
クに言ってある。
朝食を食べた後、マリクは地下室に消え、どんなに遅くてもサリムが帰
ってくる頃には出てくる。
「日付けの早い順から食べるんだぞ」
シェルターの大型冷蔵庫の冷凍室には、市販の冷凍食品やR-Ⅱの料理
がびっしり入っていて、サリムは1週間毎に点検して補充している。
それ以外にも、シェルターには全自動洗濯機に自動掃除機もそなえてあ
るのだが、マリクはほとんど使おうとしない。
「まとめてやるから」とか「明日やるつもり」と言って、なかなかやろ
うとしない。 いつのまにか休みの度に、サリムは洗濯機と掃除機のス
イッチを押している。
洗濯機が回り、掃除機が床を這っている。
サリムはソファに座り、壁の監視カメラの映像を見ている。 こんな時
子犬のようにそばにまといつくマリクだが、今日、工作室(2つの小部
屋の内、1つが寝室、もう1つにはマリクがフィギュアやプラモデルを
持ち込み、サリムは工作室と呼んでいる)に篭もったまま出てこない。
ノックをしたが返事はない。
無視して入ると、マリクは大型ゲーム機の画面に見入っている。
「欲しいのはそれか?」
「ううん、これは通販――これもほしいやつのひとつだけど」
値段を見ると10分の1だ。
「これなら買ってやれるぞ」「ほんと!」
「ただし給料が出てからだ」「うん♥」

工作室の両側の棚には、びっしりとフィギュアやプラモデルが並んでいる。
「オークションには完成品も出ているんだろう? 出してみたらどうだ?」
「売れるかな? レア物や人気のあるオリジナルだと高値がつくけど…」
「物は試しだろ、この中で手離してもいいのはどれだ?」

オークションに出したロボット2体は、想像していたより高値で競り落
とされた。 マリクが最初に欲しがっていた品を買っても充分釣りがく
る…その時には、すでに目当ての品のオークションは締め切られ、予想
より少し低い額で他人の手に渡っていたが。
「今度出たら絶対手に入れるんだ、そうだ! 他にもほしいものあるか
ら、もう少し資金作っておこう」
次に出品した物は前の2つを合わせた倍の値がついた。
「完成品でも高値が出るじゃないか」
「でも、わかんないな、作るのが楽しいんだのに。 人が作ったの買っ
てどこがおもしろいんだろう」
「…好きでも作るのが苦手な人はいるよ。 …作る時間がない人も」

サリムは首都の中央郵便局に私書箱を作り、マリクのために買った品は
そこで受け取るようにしている。
オークションの商品の発送もここからだ。
郵便局を出た後、友人の1人に会って食事をし、近況を語り合う。
友人が大きなため息をつく。
「どうしたんだ?」
「聞いてくれ、サリム。 お宝をgetしそこねたんだ!」

「すごくいい品がオークションで出てたんだ。
出品者は〝セルバンテス〟と言って、半年程前から時々見かけるように
なって、最初から目をつけてたんだが。
とにかく、その品はぼくの趣味にぴったりで、貯金をはたいてでも手に
入れてやろうと、思い切って高値をつけたんだ。さすがにこれ以上はな
いだろうと――つい油断してたら、終了寸前に他の奴にさらわれてしま
ったんだ!」
よほど悔しいのだろう、友人はその後もグチり続ける。
「いつかお前にもらった宇宙戦艦――あれに負けないぐらい、いや、あ
れ以上かも知れない」
「セルバンテスと言ったな、出品者はスペイン人か?」
「いや、スペイン人にあの繊細な表現は無理だ、あれは東洋の神秘に違
いない。 落札できたら、国くらいはわかるだろうが…」
五ヵ月後、友人はセルバンテスの出品物を競り落とす。
サリムは友人の夢を壊さないため(と、もちろん用心のため)以前、絨
毯を売った業者に連絡を取り、品を彼の元に送って、わざわざ遠い東の
国から郵送してもらったのだった。

首都から町へ続く高速道路、夕闇がせまる中、サリムは車を走らせる。
遠くに小さな黒い林が見え、段々大きくなる。 風車の林があちこちに
見える。
H.N(ハンドルネーム)を考える時、風車が頭に浮かび、小さい頃読ん
だ本の内容を思い出した。 風車を敵と思い込み戦いを挑んだ男――ド
ン・キホーテ――セルバンテス。
「セルバンテス? 何それ?」「ドン・キホーテの作者だよ」
「ドン・キホーテなら知ってる、前にアニメの世界名作劇場で見たから」
マリクの持つゲーム機は外国製の高級品で、世界中の番組を見る事がで
きるが、マリクが見るのはアニメだけだった。



第八章 訪問者

母親が亡くなってから2年近くが過ぎた。
サリムは仕事にもなれ、マリクとも何とかうまくやっている。
職場の同僚は時々押しかけてくるし、学生時代の悪友達も一度などは集
団でやってきて、一晩中、昔話に花を咲かせて帰っていった。
客はみな、一応食料や飲み物を持参してくるが、それだけではとても足
りない。
「また客が来るんだ。 肉を多めに回してもらえないかな」
「わかりました、代金は2割り増しになりますが」
「それでいい、10キロほど頼むよ」
「できるだけ良い肉を持ってきます」(小麦粉と肉と砂糖は配給制だが、
今の所、それほど不自由は感じていない。 R-Ⅱが世話をするようにな
ってから、畑の収穫量は確実に1,5倍になった)
食料品店の小型トラックは砂埃を上げて遠ざかっていく。
木陰につながれた2匹の犬は、顔なじみの店員に吠えたりはしないが、
目はしっかり動きを追っている。

R-Ⅱと2人で食料を冷蔵庫や貯蔵庫にしまう。
マリクが出てきて、真っすぐ冷蔵庫に向かい、缶ジュースを取り出す。
「ぬる~い、ぜんぜん冷えてないよ」
「そりゃ、今入れたばかりだから、手前のなら冷えてるよ」
「今はカルピス味って気分じゃないんだ」
「じゃ、冷えるまで待つんだな」
マリクはあきらめてカルピスソーダの缶を手に取る。
背は伸びたが、相変わらず華奢で、中味は危なっかしい子供のままだ。
「R-Ⅱ、これに畑の野菜を入れてくれないか?」
「ワカリマシタ」R-Ⅱは空いたダンボール箱を手に裏庭に出ていく。
「ばあやに会いに行くの?」
サリムは老人ホームに面会に行く度に、手みやげに自家製の野菜やくだ
ものを持っていく。
農場産と違って味がいいと評判なのだ。
「今日は違う、先輩の家の夕食に招かれているんだ」
「帰り遅いの?」「…なるべく早く帰るよ」
「夕方カラハ風ガ強クナルヨウデス、気ヲツケテ下サイ」

サリムは町へ行っても、以前彼が下宿していた大おじの家や学校のある
地域――この町の上流といわれる地区へは、できるだけ足を踏み入れな
いようにしていた。 同僚の多くはこの町の中流の住宅地に住んでいる。
ばあや達がいる老人ホームも。
帰り道、風はさらに強くなり、サリムは車を止め砂嵐がおさまるのを待
った。
先輩の家の夕食会には何人かの同僚の他に、妻の親戚筋だという若い女
性も招かれていて、先輩は『彼女どうだ?』と耳打ちしたのだった。
最近サリムは職場で、最新のA-Ⅰ(人工知能)に詳しいと一目おかれ、
他のチームから助っ人に呼ばれるようにもなっていた。
一度修理を手伝った30才の女性技術者(もちろん独身)は、それ以後、
何かとサリムに近づいてくる。

学生時代、何人かの女性とつき合ったが、彼女達はみな自分から近づい
てきて、去っていった。
サリムは女とはそういうものだと認識していた。 母親以外は――

家に帰り着いたのは真夜中だった。
「早く帰るっていったのに!」
「風がおさまるのを待ってたんだ、しかたないだろう」
サリムがシャワーを浴び終わっても、まだブツブツいっている。
「風…まだ吹いてるよ」
「わかった、今日は一緒に寝ていいよ」
「ほんと♥」

母が亡くなって一ヶ月もたたない頃、風の強い夜――サリムが風の音で
目覚めると、部屋の中にマリクが立っていた。
風の音が恐いという。 「こんな夜はママがそばにいてくれたから…」
マリクは持ってきた毛布に身を包んで、部屋の隅で丸くなっている。
サリムは寝つけないでいる。 あきらめて、体をずらしてベッドを空け
る。
「今日だけだぞ!」
それから何度かそういう夜があった。
『まるで大きな赤ん坊だ』
とっくに風はやんでいる、弟の寝息を聞きながらサリムはため息をつく。
『結婚なんかできるわけないじゃないか! …もっともする気もないが』

海辺の町でふたり目の子供が見つかり、家族全員逮捕されたとニュース
が流れるが、一般の人の関心は、水や電気の値上がりの方にあるらしい。
首都ではデモが起こるが、警官隊に鎮圧される。
サリムはうっとおしい弟と、わずらわしい女性をどう退けるかという問
題をのぞけば、今の生活に満足していた。
土曜の夜、若手の同僚達を家に招いた。
技術者やロボット論に盛り上がり、みんなが引き上げたのは明け方近く
だった。
「すごい、にぎやかだったね…」マリクがあくびをしながら出てくる。
「まだ起きてたのか」
「あのメガネの細い人よく来るね」「彼はR-Ⅱのファンだからね」
サリムもあくびをかみ殺す。
「R-Ⅱ、あとを頼む。 さすがに眠い」
「ハイ、ワカリマシタ。 オ休ミナサイ」
「でも、あの人きっとサリムのファンでもあると思うよ」

翌朝、目が覚めた時には10時をまわっていた。
着替えて台所へ行くと、マリクがR-Ⅱ相手にゲームの話をしている。
「オハヨウゴザイマス、スミマセン朝食ノ用意ハマダ途中デス。 すー
ぷハデキテイルノデスガ、さらだハコレカラ作リマス」
「ごめんね、ぼくがじゃましたから」
「スグれたすトとまとヲトッテキマス」
「あ、それはぼくがやるから――昨日言い忘れたが、車を見て欲しいん
だ。 後ろの右のライトがちょっとおかしい」
「ワカリマシタ、スグトリカカリマス」「ついでに洗車も頼む」
「ハイ」
サリムはプラスチックのかごを手に取る。 マリクは椅子から立ち上がる。
「スープ温めとくね」

犬の吠える声――サリムはもぎたてのトマトとレタスの入ったかごを手
にしたまま、表に回る。

見慣れないハデなスポーツカー。 R-Ⅱと向きあっているのは、大学時
代の悪友の一人だ。
「やあサリム! いきなりいって驚かしてやろうと飛ばしてきたんだ。
どうだ驚いたか?」
「ああ――驚いたよ、車買い替えたのか?」
「最新A.I搭載の新型だ、眠ってても運転できる。――それより冷たい
水を一杯もらえないか? 砂漠を走ってきたから、口の中が砂だらけだ」
「ああ、入ってくれ、――R-Ⅱ、接客はいいから作業を続けてくれ」
2人は廊下をいく。
「それは何だ?」
「サラダの材料だ、これから食事にするとこだ」
「遅い朝食か? どこかで昼でも食べないかとさそいにきたんだが」
「こっちにだって予定がある――」
台所に入ったサリムは思わず立ちどまる。「!!」
もちろん台所には誰もいない、なべの火も消えている。
キッチンテーブルの上にはパンとチーズ、そしてその両側にはスープ皿
が並んでいる。 ――2枚の白い皿が!



第九章 いいわけ

「おっ、いい匂いだな」
続いて部屋に入った友人もテーブルに目をやり、首を傾げる。
「1人じゃなかったのか?」
「…ああ、客が来てるんだ」
サリムはゆっくりかごを流し台におき、コップに水をくむ。 製氷室か
ら氷の欠片を取り出し、コップに入れ友人に渡す。
「夕べ遅かったから、上でまだ寝ているんだ。 サラダができたら起こ
すつもりで…彼女を送っていかなきゃならないから、食事は今度にして
くれ」
「いきなりきてじゃまをして悪かった、すぐ退散するよ」コップの水を
飲みほす。
「それにしても水臭いな、紹介もなしか?」
「そうしたいのはやまやまだが…」
「なんだ、ヤバイ相手なのか? まさか人妻とか?」
サリムは頷き、声を潜めて首都の悪名高い組織の名を口にする。
「しかも、XXが関わっているんだ…
バレたら2人とも殺される。 知っていたと判ったらおまえもただじゃ
すまないから、何も知らない方がいいんだ。
彼女が起きてくる前に帰った方がいい」
「ああ…そうするよ…」
コップをテーブルにおく友人の手は少しふるえている。

「ひとつ聞いていいか? いつからだ」
「…知り合った時は大学生だった、最初は知らなかったんだ、彼女が何
者か。 知って一度は別れたけど…」
「それで納得がいった、前におまえとつきあってた女がぼやいてたんだ。
『サリムには絶対、他に好きな人がいるに違いない』と、
そういう事だったのか」

「気をつけろ」と言って友人は帰っていった。

塔の監視カメラの映像で、友人の車が丘の向こうに消えるのを確かめて
から、サリムは台所に戻る。

そっとドアが開いて、マリクがおずおずと部屋に入ってくる。
「…ごめん、サリム…」
サリムはテーブル(の2枚の皿)を無言で見つめ、マリクの方を見よう
ともしない。
「気づいて戻ろうとしたけど、もう遅くて――」
「皿の一枚くらい、片づける時間はあっただろう?」
「…うっかりしてて…」
「うっかりじゃ済まないんだ!」

「おまえはどうしてそう緊張感がないんだ!
自分の立場が判ってるのか?
命がかかってるんだ! 遊びじゃないんだぞ!
おれが細心の注意をこめて、ばれないようしてるのに
肝心の本人はのほほんとまるで他人事みたいに――
これじゃ何のために苦労してるんだか。
甘えてばかりいるな! 少しはしゃんとしろ!」
サリムはいつのまにか立ち上がっていた。
マリクはドアのそばに俯いたままじっと立っている。
「散歩にいってくる――」
マリクに背を向け、外へ出る。

「オ出カケデスカ?」
車の整備の手を止め、R-Ⅱが声をかける。
「少し頭を冷やしてくる」「イッテラッシャイ」

墓地から岩棚に向かって足を進める。
マリクには禁止しておいて、自分だけ行くのは気がひけて、サリムは森
にはほとんど行っていない。 半年前、母の命日に一度行ったきりだっ
た。
森の中の空気はしっとりとやさしい、木もれ日の中を小さな蝶が舞って
いる。
冷たい小川の水で顔を洗い、清涼な空気を思い切り吸い込むと心が落ち
着いてくる。
川のそばの平たい岩に腰かける。
昔、祖父や時には母はこの岩に座り、水辺で遊ぶサリムを見守っていた。
母の腕には小さな赤ん坊が…サリムは川の底の泥をつかんで、赤ん坊に
むかって投げつけた…。
泥は母の足元に落ち、サンダルとスカートの裾を汚しただけだった。
それでも母は笑っていた。 「だめよサリム、おいたをしては」

『マリクが子供なのはしかたない』サリムは軽くため息をつく。
世間を知る機会も、必要もなかったのだ。
だいたい――マリクを引きとめたのは自分だ。
同情と嫉妬――母と一緒に逝くのはゆるせなかった。
それと理不尽な大きな力に対する反抗心…ささやかな抵抗。
復讐心もあった。親戚達をあざむいて、陰で笑ってやりたかった。

だが、サリム本人は自覚していないが、一番大きな理由は、それこそ子
供のように単純に母にほめてもらいたかったからだろう。
マリクを守るために全力をそそげば、きっと母はほめてくれる。
あのやさしい声で
『あなたがここまでやってくれるとは思わなかったわ。
本当にありがとう、サリム』と――。

R-ⅡのA.Iと格闘している間は本当に楽しかった。
人型ロボットの製作に関りたいと真剣に考えた時期もあった。
チャンスは2度あった。
教授に留学を勧められた時と、母親が死んだ時。
何もかも捨てて旅立つ事ができたのに、自分はそうしなかった。
一度決めたこの道はもう引き返せない――最後までやるしかないのだ。
『きっと、こんな事はまたある(あのマリクの事だ)、
いちいちカッカしてられるか』
決意を新たに、サリムは森を後にする。

風下から帰ってきたサリムを2匹の犬は最初低くうなって警戒している
が、すぐ主人だと判ってしっぽをふる。
R-Ⅱは玄関の砂を掃き出している。
「オ帰リナサイ、らいとノ接触不良ハ直シテオキマシタ。 洗車モ終ワ
ッテイマス」
「ごくろう…食事の用意をしておいてくれないか、2人分」

ノックをしても返事はないが、無視して工作室のドアを開ける。
マリクは入口に背を向け、椅子に膝をかかえて座り込んでいる。
「さっきは悪かった、言いすぎたと反省している。
もう怒っていないから、一緒に朝食を食べよう。 もう昼飯だが」
「………」
「カッとして心にもない事を言ったんだ。 気にするな」
「…怒ったから本音が出たんだ」弟はバカではない。
「そりゃ…少しは本音も入ってるが、ケンカで興奮して『死ね!』とか
『殺してやる!』と叫ぶだろ? それと同じだ」
「……サリム、ケンカするの?」
「まあ…たまには…中等部の頃はよくやったな」
マリクが意外そうな顔をする。
「表向き優等生だったが、裏ではけっこうムチャをしてたんだ。
食べながら話してやるよ、昔の武勇伝を」

狭い階段を登りながら、マリクがきく。
「ぼく、いてもいいんだよね?」
「あたり前だ」



第十章 首都の惨劇

2週間が過ぎた。
あれからマリクは少し変わったと、サリムは冷蔵庫のチェックをすませ
シェルターを見渡して思う。
洗濯や掃除を自分でやるようになったし、以前は無造作に捨てていたゴ
ミをきちんと分けて捨てるようになった。
『うん、いい傾向だ』

翌日、出社したサリムは上司に呼ばれる。
「君は首都には詳しいそうだね」
上司と支部長は、明日から2日間本社で開かれる本社のイベントに出社
する。 現場で活躍する技術者も1名連れていく筈が、予定していた者
が体調をくずし、サリムに声がかかったのだった。
「急で悪いが、たのむよ。 これは名誉な事だからね」
首都出身の支部長と違って、上司は町の下町の出身で、彼にとっては名
誉な事かも知れないが、体のいい雑用係だ。
2日もべったり上司の顔をうかがって過ごすのはたまらないと、きっと
先輩は逃げたのだろう。
サリムはそれほど気にする性質(たち)ではないので「わかりました」
と引き受ける。

その日は早めに退社する。
「出張? 2日も?」
「早目に済めば、2日目の夜に帰るかも知れないが…遅くても3日目の
夕方までには帰るよ」
「…ずいぶん急だね」
「言ったろ、先輩がドタキャンして、お鉢が回ってきたって」
「サリムはことわらなかったんだ」
「特に断る理由がない時は引き受ける事にしている。 出張なんて前に
もあったろ」
海辺の町で泊りがけで修理をしたり、友人の家に泊まったり、1日2日
家を空ける事は何度かあった。
「みやげ話を楽しみにしてろ」

翌日朝早く、スーツケースを車のトランクに入れて家を出る。
車は会社の地下の駐車場に止め、首都へは会社の車でいく。

社長や会長のうんざりする長話の後のショウタイムはまあまあ。
会場には純度100%の肉や豪華な料理が並んでいる。
『あるところにはあるんだな…』
2日目は午前中は多少真面目な会議があるが、午後は無礼講の親睦会ら
しい。
「明日は有名なベリーダンスのチームを招いているそうだ♥」と上司は
うれしそうに言う。
夜の街にくり出した上司のお供をして、ホテルに帰ったのは真夜中――

「そうだ君、この店わかるかね?」
上司が渡したメモには、店名と洋菓子の名前が書いてある。
「…二番街にある有名な店ですね」
「娘にみやげをたのまれたんだ。 明日いって買ってきてくれないか」
「わかりました昼にでも…」

翌日の昼すぎ、サリムは地下鉄を使って二番街へ出向いた。
デパートや外国のブランドの店、有名なレストラン等が並んでいる。
指定されたケーキを買って店を出たサリムは、ゆっくり回りを見回す。
学生時代にも何度も来たが、それよりも、さらに子供の頃の思い出の町
だ。 母と買い物にきたデパート、両親と3人で入ったレストラン――
その店は20年たっても変わらずそこにあった。
『今の自分にはぜいたくだが、ここで昼を食べればよかったな』と、急
いで食事をして出てきた事を残念に思いながら通り過ぎようとする。
すべるように1台の高級車が止まり、2人の大柄な男に囲まれて初老の
男が車を降りる。
『VIPがおしのびで食事か…』
そこへ1台のバンがつっこんでくる。

すさまじい爆発音――激しい力でたたきつけられる。
悲鳴と怒声、埃と血の匂い…。
サリムは何とか体を起こす。 腕に何かささっているが、痛みは感じな
い。 サリムの後ろで倒れた女性に向かって男が名前を呼んでいる。
レストランにつっ込んだ車は原型を留めていない。
クラシックな欧風の入口は粉々になり、奥から泣き叫ぶ声がもれてくる。
高級車はうす汚れ、人らしき黒い塊がへばりついている。
起き上がろうとするが力が入らない。 その時初めてサリムは、首すじ
を流れているのが血だと気付いたのだった。

死者8人(犯人も入れて)負傷者20数名――サリムもその中の1人だが
中では軽傷の方だと言える。
頭の傷は出血の割には深くはなく、脳波に異常はないという。
2日間は少しでも身動きすると体中がバラバラになるように痛んだが、
回復は早い。
左腕がしびれて力が入らないが、徐々によくなると医者は言う。
その日の夕方、上司はかけつけ、『自分が用を頼んだせいで、こんな目
にあってすまない』と平謝りだった。
『悪いのは犯人です、気にしないで』と言おうとするが、うまくしゃべ
れない。
2日目にサリムは何とか痛みをこらえてR-Ⅱに連絡を取る。(ポケット
に入れていた通話機は生きていた)
「――ケガは大した事ない、検査の結果が出たら帰れるから、退院の日
が決まったら知らせるから」
その後に「そう大事な知り合いにも伝えておいてくれ。 それと畑の苗
木の世話を頼むよ」と付け加える。

3日目に(おそらく上司の計らいなのだろう)個室に移る。
ばあやにも連絡を入れる。
ばあやはサリムが首都の事件に巻き込まれたらしいと人づてに聞いて、
心配していた所だった。
「声を聞いて安心しました、それにしても…だんな様と続けてこんな怖
ろしい目に合われるなんて…」
サリムの父も20年近く前、空港で無差別テロに巻き込まれて亡くなった。
「親子そろってテロに遭遇するなんて、確かについてない…
…そうでもないか?」
自分より離れていた通行人の女性は死亡している。
この程度のケガで済んだのは幸運だ。

悪友達が次々と見舞いにやってくる。
ホビーマニアの友人、ハデなスポーツカーを乗り回している友人…。
昔つきあった、忘れかけていた女性が2人も来たのには驚いた。
1人は婚約中で、1人は結婚して子供もいるという。
同僚の代表でメガネの青年もやってくる。
上司も中学生の娘を連れて再び顔を出す。
「話をしたら…どうしても自分も見舞いに行くときかなくて――」

事故から1週間が過ぎた。
『マリクのやつ心配してるだろうな…』
R-Ⅱがついてるから心配はない。 それにこういう時のためのシェル
ターだ。
ナースがやってきて「面会人です」と告げて出ていく。
入ってきたのは大おじだった。

「元気そうだな、安心したよ――」
「…どうも」
2人はしばらく押し黙っている。
「――何のようです? ぼくが死んだら母の手帳がどうなるのか心配で
さぐりに来たとか?」
「わしは知らなかったんだ、2人の息子に嫁まで、…しかもあれほどの
大金を――」
『何を今さら』とサリムは心の中で冷ややかにつぶやく。
「わしは…生命保険の受取人の名義を連れ合いからおまえに変えた。 
とても足りないが、…いつか受け取ってくれ。
許してくれとは言わないが、ひとつだけ譲歩してくれ。
連れ合いは、あれは本当に何も知らなかったんだ。
知った後は気落ちして…笑わなくなった。
このままでは病気になってしまう。 たのむ、一度でいいから、あれを
訪ねてやってくれないか」
サリムは下宿している間、親身になって面倒をみてくれた気のいい大お
ばの顔を思い出す。彼女にうらみはない。



第十一章 破壊

大おじの見舞いの2日後、サリムは退院する。 左腕はかなり動くよう
になったが、まだ完全ではない。
会社からは迎えの車が来ていて、まず会社に向かう。
同僚の歓迎を受けた後、上司に報告する。
「1週間は無理せず様子を見るよう言われました」

自分の車に乗り替え(自動運転システム付なので片手が不自由でも大丈
夫)まず町に寄って2人の女性に会う。

ばあやに大おば…2人の老女は涙を流してサリムの無事を喜んだ。

家に帰った時には、陽も暮れかかっていた。
2匹の犬が尾を振って迎える。
「オ帰リナサイ」と青い作業服のR-Ⅱ。
「変わりはないか?」「ハイ、苗木モ元気ニ育ッテイルト思ワレマス」
「?…思うって…確認してないのか?」
「ハイ、コノ1週間近ク声ヲ聞イテイマセン。 昨日、サリム様ガ明日
帰ラレルト知ラセタ時モ留守電状態ニナッテマシタ」
「どういう事だ?」
「何カゴ用ハナイカ尋ネタラ『用がある時は呼ぶから、ほっといてくれ』
トオッシャッテ、ソレ以来連絡ハアリマセン」
サリムは胸騒ぎがして台所へ急ぐ。
「R-Ⅱ、おまえも来てくれ!」
『どうか――すねてふてくされてるだけであってくれ!』

「マリク!」
シェルターの中は静まり返り、返事は返ってこない。
寝室にはいない。 工作室のドアを開けたサリムは息を飲む。

両棚のフィギュアやプラモデルはほとんどが床にぶちまけられ、ばらけ
た部品が飛び散っている。
テーブルの上には開いたままのゲーム機と通話機…ジュースの缶が1本
ころがっている。 椅子が倒れていて、その先の壁際の床に毛布の塊り
が見える。

「マリク…」
床のおもちゃを踏まないよう足で払いながら進む。
やせこけたぬけがらのような姿を見て、最初は死んでいるのかと思った
が「マリク!」サリムの呼びかけに、ゆっくりと目を開ける。
何か言いたげに乾いた唇が動くが声にはならず、力無く目を閉じる。
毛布ごとマリクを抱きかかえる――ウソのように軽い。 左腕がぴりっ
と痛むが気にしない。
「コレハ、ドウイウ事デスカ?」

寝室のベッドにそっと横たえる。
備えておいた大きな医療ボックスを持ってR-Ⅱが部屋に入ってくる。
「…コノ衰弱ブリハ…マルデ何日モ食事ヲシテイナイヨウデス」
サリムは台所へ行って冷蔵庫を開ける。 ほとんど減っていない。
パンやチーズも少し残っている。 減っているのは缶飲料だけだ。
もちろん缶づめや非常食に手をつけた様子はない。

「ココデハ充分ナ治療ガデキマセン。設備ノ整ッタ病院ニ、運ブ事ヲ勧
メマス」
「それができないから、おまえが居るんだ!」
「ワカリマシタ。出来ルダケノ事ヲシマス」

「何か手伝える事はないか?」
「呼ビカケテヤッテクダサイ。モウ後ハ、本人ノ体力ト気力次第デス。
本人ノ生キヨウトスル気力ガ大事デスカラ」

「ワタシガ看テイマスカラ、休ンデクダサイ」
R-Ⅱにそう言われて、サリムは広間のソファに横たわる。
どれくらい眠ったのか、目が覚めるとR-Ⅱが寝室から出てくる。
「まりく様ノ意識が戻リマシタ」

「…マリク」

マリクはじっとサリムを見て、笑う。
「…もう…帰ってこないかと…思った…」

『用があったら呼ぶからほっといてくれ』
そう言って部屋に閉じ篭もって、音沙汰がなかったら――2日もたった
ら、たいていの者は気になって様子を見にいくだろう。
普通の人なら気になる事や、変化がR-Ⅱには判らない。 はっきりした
喜怒哀楽は何とかわかるが、細かい感情の変化には対応できない。
対人用のプログラムも開発されたが、大きな問題があった。
人とマジで向かい合うとRはその感情処理にエネルギーの大半を使う。
他に出来る事は限られてくる。 それでも、今はそういう人間臭いロボ
ットの方が人気らしい。 もちろん遠い豊かな国の話だが…。
R-Ⅱは命令通り実行しただけだ。

自分も同じだとサリムは後悔する、R-Ⅱを手に入れシェルターを用意し
て、それで満足していた。 本気でマリクの立場や気持ちを思いやった
事があっただろうか?
能天気で子供っぽい姿にまどわされて、弟がどれだけの孤独や不安を抱
えているか、想像した事もなかった――。
「なんで食べなかったんだ?」と、堪えきれずにサリムが尋ねた時、マ
リクは遠くを見ながら、ぼそっと言った。
「1人で食べてもおいしくないから…」

五日目には、マリクはスープを飲み込めるようになり、少しづつ回復し
ていった。
サリムは会社には、腕の調子が悪いので、しばらくリハビリに専念した
いと申し出ておいた。
R-Ⅱには専門の名医を紹介されて、極秘の治療中だと答えるよう指示
する。
『これでしばらくは持つだろう』

固形物が食べられるようになっても、マリクは自分から進んで食べよう
とはしない。
サリムがつきっきりで食べるよう促さないと、すぐ手が止まってしまう。
ゲーム機の画面にも興味を示さない。
「…確かこれがお気に入りの筈だ」
いつか柩に入れようとしたのを拒んだ奇妙なフォルムのロボットを探し
出し、(片腕が取れていたが、必死で捜し出しR-Ⅱが修理した)ベッド
の側に置いてやってもぼんやりと見ているだけだ。
「壊れていないやつは棚に戻しておいた。 後も整理して箱に分けて入
れてある。 元気になったら直してやるといい」
「…まともなの、売ってもいいよ」



第十二章 奇跡の森

一ヶ月たったが、マリクの様子はあまり変わらない。 ベッドの上に起
き上がれるまでにはなったが、自分からは何もしようとせず、じっとサ
リムを見ている。
マリクがサリムの姿が見えないと不安がるので、簡易ベッドと小さな机
を寝室に運び入れ、ほとんど1日の大半をマリクのそばで過ごした。

1週間前にサリムは一度、車を飛ばして首都へ行った。
行き(昼間)は念のため町を迂回して行ったので、1時間程余計にかか
ってしまった。
中央郵便局へ行き、注文しておいた薬(漢方薬)を受け取る。それから
旧市街の闇市(学生時代、冒険心から何度か足を運んだ事がある)へ行
き、肉や小麦粉等を買い込んだ。

帰りは夜――2匹の犬の出迎え――R-Ⅱは出て来ない。
マリクのベッドの側に見張るように立っている。
「サリム!」ベッドから転げ落ちかけたマリクを、R-Ⅱが抱きとめる。

サリムはベッドの端に腰をかけ、その体にしがみついてマリクは泣いて
いる。 子供のように声を上げて泣きじゃくっている。
「ちゃんと約束通り、用を済ませてすぐ帰っただろう?」

R-Ⅱが食料を台所へ運び、車を平屋の奥に隠してシェルターに戻ると、
マリクはやっと落ち着き、サリムが涙で汚れた弟の顔を拭いている。
「しちゅーヲ温メ直シテキマス」テーブルの上に置いてあったフタをし
た深皿を持って、R-Ⅱが部屋を出ていく。
マリクは、サリムがいない間はR-Ⅱがどんなに勧めても、一口も食べよ
うとはしなかったのだ。

サリムは買ってきた薬をなめてみる。
「…効きそうな苦さだ」
「薬ハ補助デシカアリマセン、人ガ本来持ツ治癒力ヲ高メルダケデス、
ソレニスグニキクワケデハアリマセン」

「――もうこんな時間か」
「サリムはノートパソコンを閉じて立ち上がる。
日に何度か、マリクの手足をマッサージするのが日課になっていた。
通話機が鳴り、R-Ⅱから友人の1人から電話があったと報告がある。
「大した用じゃない」とサリムはマッサージを続ける。
友人や同僚だけでなく、会社からも一度報告にくるよう連絡があった。
『そろそろ限界だな…』

腕のしびれが取れないのを理由に(本当は完治している)会社はやめ、
家でパソコンでできる仕事を探すしかない。
最終的には、居間の絨毯を売るという手がある…。

最初サリムは、一流企業の開発室をやめ、地方の町で古いロボットの修
理に汗を流す自分を、落ちたと感じていた。
最先端のロボット開発者を夢みていた自分が、なんでこんな所にいるの
だろう?と――。
どんな形でもロボットに関って、自分の持つ技術や知識を生かす事がで
きたのは、幸運な事だったのだ。
失おうとしている今になって、サリムはそれが自分にとってどれほど貴
重な幸せな時間だったのか思い知る。
仲間の顔、農作業ロボット独特のしみついた化学肥料の匂いさえ懐かし
い…。

「サリム?」
「あ?――、ごめん」マッサージの手がいつのまにか止まっていた。
「…サリム、仕事に戻っていいよ」
「!?――マリク?」
「それが…自然なんだよね」弱々しく笑う。

「マリク――何かして欲しいことはないか? 欲しいものは?
何でもいいから言ってくれ」
マリクは遠くへ目をやり、しばらく考えた末。
「…森へ行きたい」とつぶやく。
「森へ? ――わかった、もう少し元気になったら連れてってやるよ。
だから、ちゃんと食べるんだぞ」
「サリム…」マリクはサリムをじっと見つめて訴える。
「…今、行きたいんだ」

「あそこは涼しいから――」
パジャマの上にカーディガンをはおらせる。
弟を軽々と抱きかかえて、サリムはシェルターを出る。

「…オ2人デ、オ出カケデスカ?」
「誰かが来た時以外の報告は後でいい」
「ハイ、イッテラッシャイ」

「――ぜんぜん変わってないね」
小川にそって進むと、カエルが水に飛び込んで逃げる。
「オレンジ、育ってる――」マリクの視線の先には、背たけ程のやせた
木がある。
「――これ、オレンジの木だったのか」
「うん、ぼくが種を埋めたんだ…」
平たい岩に腰を下ろす。
「…あの頃は毎日ここに来てた…芽が出た時はうれしかったな。
…おじいちゃんに、『何年たったら実がなるの?』ってきいたんだ。
そしたら、おじいちゃんが『それは難しい』って…」

『大きな木が空をおおって光が少ししか届かないからな…実がなる程大
きくなるには、太陽の光をたくさんあびないといけないんだ』
『…だめなんだ』
『あきらめる事はない、いつか大きな木が倒れて空が空いて、光が差し
込む、そのチャンスに木陰で待っていた若木は枝を広げ大きくなる』
『ほれ』と祖父は森の奥の朽ちかけた倒木を指し示す。
『ああやって古い木は倒れて土に帰る。
古い木が倒れ新しい木が育つ…何百年――何千年かも知れん。 この森
はそうやって続いてきたんだ、きっとこれからも…』

どこかで鳥の飛び立つ羽音がする。

木の枝にはられたクモの巣がゆれる。
「クモが食事をしてる…」
「クモだっていつ鳥のエサになるかしれない。
みんな生きるために必死なんだ」「…そうだね」
ここには命があふれている。
草もはえない荒地と岩山に囲まれた、奇跡の森だ。
「小川に落ちたの覚えてるか?」
「知らない――ぼく落ちたの?」
「ぼくが飛び越えたのを見て、マネして落ちたんだ。『なんで止めなか
ったの?』とママに怒られて、頭にきたな、あの時は――止めるひまな
んかなかったのに」
「…ぜんぜん覚えてないよ」
「まだ3つか4つだったからな…無理もない」
いくら追い払っても邪険に扱っても、小さな弟は子犬のように兄につき
まとった。

「…食料が足りないなんて口実だ――2人目を認めないなんてまちがっ
てる!」
「サリム…?」
「現にいくつかの国では見直しが始まってる、とっくに廃止になった国
だってある。 知ってるか? いくつかの国じゃ人口が減りすぎて、そ
の穴をロボットが埋めているんだ――」
この世界はどこかゆがんでいる。
「何年か…何十年先か判らないが、法律が撤廃される日がきっと来る
――その時は――みんなに、おれの弟だって紹介してやる。 だから、
それまで生きのびるんだ。 負けるんじゃない!」
「サリム…」
「セルバンテスがおまえだと知ったら腰を抜かす程、驚くやつを知って
いる。 その日が楽しみだ」

「疲れたのか? そろそろ帰ろうか?」
「うん…」
「また連れてきてやるよ、何度でも」
ゆっくり立ち上がる。

この奇跡の森が弟に生きる力を与えてくれるなら、どんな危険をおかし
てもそうしてやろう。
「サリム…たのみがある」「なんだ?」
「…ぼくが死んだら、この森に埋めて」
思わず歩みが止まる。
「この森が好きなんだ」
「……ママのそばでなくていいのか?」
「うん…そこはきっと…サリムのための場所なんだ。
ぼくはここがいい…」
「わかった――約束するよ、その時は必ず――
だから――」
後は言葉にならず、サリムは弟を抱きしめた。









       どれほどの時が過ぎたのか…。

       今は訪れる者のいない小さな森――
       やや小ぶりの実をつけた1本のオレンジの
       老木が枝を広げている。 その根元には
       墓標ともとれる白い石が見える。
       誰が置いたのか、いつ置かれたのか
       もう誰一人知る者はいない。  




                    ――完――







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